氣比神宮について

氣比神宮(けひじんぐう)は 福井県敦賀市に鎮座する 北陸道総鎮守 越前國一之宮です
地元では親しみをこめて「けいさん」と呼ばれています

氣比神宮 御祭神・御神徳space氣比神宮 由緒沿革space氣比神宮 年中祭典・行事space氣比神宮 文化財指定space氣比の長祭

御祭神 御神徳

伊奢沙別命(いざさわけのみこと)    ※衣食住・海上安全・農漁業・交通安全
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)     ※無病息災・延命長寿・武運長久
神功皇后(じんぐうこうごう)      ※安産・農漁業・海上安全・無病息災・延命長寿・武運長久・音楽舞踊
応神天皇(おうじんてんのう)      ※海上安全・農漁業・無病息災・延命長寿・武運長久
日本武尊(やまとたけるのみこと)    ※武運長久・無病息災・延命長寿
玉姫命(たまひめのみこと)       ※音楽舞踊
武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)※延命長寿・無病息災・武運長久

主祭神 伊奢沙別命は御食津大神(みけつおおかみ)とも称し食物を司り、また古くより海上交通、農漁業始め衣食住の生活全般を護り給う神として崇められている。神功皇后、応神天皇はまた漁業に対する御神徳著しく、古来五穀豊穣、海上安全、大漁祈願が行われ、現に農漁海運業者の崇信が極めて篤い。神功皇后は安産の神として霊験あらたかである。仲哀天皇・神功皇后・日本武尊・応神天皇・武内宿禰命は無病息災延命長寿、また神功皇后・玉妃命は音楽舞踊の神である。

由緒沿革

伊奢沙別命は、笥飯大神(けひのおおかみ)、御食津大神とも称し、2千有余年、天筒の嶺に霊跡を垂れ境内の聖地(現在の土公)に降臨したと伝承され今に神籬磐境(ひもろぎいわさか)の形態を留めている。上古より北陸道総鎮守と仰がれ、海には航海安全と水産漁業の隆昌、陸には産業発展と衣食住の平穏に御神徳、霊験著しく鎮座されている。仲哀天皇は御即位の後、当宮に親謁せられ国家の安泰を御祈願された。神功皇后は天皇の勅命により御妹玉姫命(たまひめのみこと)と武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を従えて筑紫より行啓せられ参拝された。文武天皇の大宝2年(702)勅して当宮を修営し、仲哀天皇、神功皇后を合祀されて本宮となし、後に、日本武尊を東殿宮、応神天皇を総社宮、玉姫命を平殿宮、武内宿禰命を西殿宮に奉斎して「四社之宮」と称した。明治28年3月26日、神宮号宣下の御沙汰により氣比神宮と改められた。延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)に「越前國敦賀郡氣比神社七座並名神大社」とあり、中古より越前國一ノ宮と定められ、明治28年、官幣大社に列せられ、一座毎に奉幣に預ることとなった。当神宮の神領は持統天皇の御代より増封が始まり、奈良時代を経て平安朝初期に能登国の沿海地帯は当神宮の御厨(みくりや)となった。渤海使(ぼっかいし)が相次いで日本海沿岸に来着したので神領の氣比の松原(現国定公園・日本三大松原)を渤海使停宿の処として、天平神護2年(766)勅によって松原客館が建設され、これを、氣比神宮宮司が検校した。南北朝争乱の延元元年(1336)大宮司氏治は、後醍醐天皇を奉じ金ヶ崎城を築いて足利軍を迎え奮戦したが利あらず一門ことごとく討ち死し、社領は減ぜられたが、なお、二十四万石を所領できたという。元亀元年(1570)4月大神司憲直等一族は越前国主朝倉氏の為に神兵社僧を発して織田信長の北伐を拒み、天筒山の城に立籠り大激戦を演じたが、遂に神宮寺坊は灰塵に帰し、48家の祠官36坊の社僧は離散し、古今の社領は没収され、祭祀は廃絶するに至った。慶長19年(1614)福井藩祖結城秀康公が社殿を造営されると共に社家8家を復興し、社領百石を寄進された。この時の本殿は流れ造りを代表するもので明治39年国宝に指定されたが戦災(昭和20年7月12日)により境域の諸建造物とともに惜しくも焼失した。その後、昭和25年御本殿の再建につづき同37年拝殿、社務所の建設九社之宮の復興を見て、祭祀の厳修につとめたが、近年北陸の総社として御社頭全般に亘る不備を痛感、時代の趨勢著しいさ中、昭和57年氣比神宮御造営奉賛会が結成され「昭和の大造営」に着手、以来、本殿改修、幣殿、拝殿、儀式殿、廻廊の新設成り、旧国宝大鳥居の改修工事を行ない、平成の御代に至って御大典記念氣比の杜造成、四社の宮再建、駐車場設備により大社の面目を一新。更に国家管理時代の社務所が昭和20年の戦火で焼失し、その後敦賀区裁判所の庁舎を移築、長く利用してきたが、老朽化により已むなく解体、平成23年6月大社に相応しい格式ある総木造社務所が新築落成した。

年中祭典 行事

◎若水祭 1月1日 午前0時
延命長寿と称えられ、毎年元旦の午前零時に汲みとられた長命水が神前に献じられ、生活の第一歩が始まる当社ならではの縁起の祭りである。

◎歳旦祭 1月1日 午前8時
元旦の早朝に行われる年の初めの祭儀。

◎元始祭 1月3日 午前10時
宮中三殿を始め、伊勢の神宮、旧官國幣社で斎行される天皇の位の元始を寿(ことほ)ぐ祭。

◎古神札御焚上祭 1月15日 午前7時
旧年の神の御加護に感謝する神事。午前7時の火入神事に始まり、その日の夕刻鎮火。

◎節分祭 2月3日 午前11時
立春前日に行われる除疫の祭事。

◎紀元祭 2月11日 午前11時
神武天皇御即位の礼を祝い、國の繁栄、世界平和を祈る祭。

◎祈年祭 2月17日 午前11時
年の豊穣を祈る祭。最も重要な祭典の一つで「としごいのまつり」とも云われる。

◎御誓祭(みちかいまつり) 3月6日(旧暦2月6日)
仲哀天皇2年2月6日、筍飯(氣比)大神を参拝、兇賊退治の事を祈られる。天皇深く此の地を愛し「此地に宮居を定め永く居らん。」と誓われた故事に因る神事。

◎御名易祭(みなかえまつり) 3月8日(旧暦2月8日)
神功皇后摂政13年2月、皇后の命に因り、応神天皇(皇太子)が角鹿(敦賀)の氣比大神を詣で、同夜、大神が夢に現れ太子の名易(名変え)の事を告げられた話に因る神事。

◎昭和祭 4月29日 午前10時
昭和天皇御生誕を祝賀する祭。

◎角鹿神社初卯祭 5月初卯日 午前11時
境内社角鹿神社例祭。

◎春季例祭 5月4日 午前10時
恒例の春祭。

◎御田植祭 6月15日 午後2時
田植前行われる豊作を祈る祭。1000年以上の伝統を持つ当神宮の特殊神事。

◎牛腸祭(ごちょうさい) 6月16日 午前11時
9月例祭の練山曵山の次第を米くじで決める特殊神事。

◎夏越大祓式 6月30日 午後3時
上半期の罪穢を祓う神事。

◎総参祭 7月22日 午前10時
祭神神功皇后が角鹿から遠征航行した故事を模し、海を渡り対岸の常宮神社へ神幸する祭。

◎神幸祭(しんこうさい) 9月3日 終日
例祭前日、市内を鳳輦、各町内の神輿、山車が本殿より神霊を船型神輿に奉還し市内を巡幸する。
この日市内は、各種奉賛行事で賑わいを見せる。

◎例大祭 9月4日(旧暦8月4日) 午前11時
大宝2年(702)8月4日。勅して六柱の神々を合祀して以来、この日年に一度の重儀である大祭(例祭)を執り行なう。
例祭前2日宵宮から15日月次祭終了迄を氣比の長祭りと云う。
→「氣比の長祭」について詳しくみる

◎大神下前神社例祭(おおみわしもさきじんじゃ) 10月10日 午後3時
境内社大神下前神社例祭。

◎神嘗祭当日祭 10月17日 午前9時
収穫された由貴の大御饌を天照大御神に捧げ奉る伊勢の神宮の祭に際し、同日当神宮で祭儀を執行する。

◎明治祭 11月3日 午前9時
近代日本の礎を築かれた明治天皇の御聖徳を称え、御生誕を祝う祭。

◎兒宮(このみや)祭 11月15日 午前9時
境内社兒宮例祭。

◎七五三祭 11月15日前後の期間中
神のご加護に感謝するとともに、この後も心身ともに健全な育成を祈り、併せて社会人としての教養をなす事を誓う人生儀礼。

◎新嘗祭 11月23日 午前11時
宮中の儀式で天皇が新穀を天神地祇に供して感謝し、自らも食される祭。全国の各神社にて執行されている。2月の祈年祭に対する祭。当神宮では、県内農協を通じ多くの篤農家より本年の新穀のご奉納を戴いている。

◎〆替・煤払い神事 12月15日 月次祭後
本殿はじめ境内神社、大鳥居、中鳥居、回廊等を祓い清めて年迎えをする神事。

◎天長祭 12月23日 午前10時
天皇の御生誕を慶祝し、聖寿の万歳と国家の安寧、長久を祈る祭。

◎年越大祓式 12月31日 午後3時
一年の罪穢を除く祓えの神事。境内の芽の輪をくぐり、知らずのうちに身に付いた罪穢れを除き去り、心身を引き締めて新年を迎える。

◎除夜祭 12月31日 午後8時
年の終わりの祭、年越祭。

◎献燈祭 12月31日 午後11時
年明けに際し境内灯籠に火を灯す祭。

毎朝御日供祭、毎月1日朔旦祭、15日月次祭、干支の庚申日に猿田彦神社祭、その他臨時祭を随時斎行

文化財指定

高さ36尺(10.9m)柱間24尺、木造両部型本朱漆。寛永年間旧神領地佐渡国鳥居ケ原から伐採奉納した榁樹(むろのき)で、正保2年(1645)建立した。(初代の鳥居は弘仁元年(810)境内東側にて創建されたが、康永2年(1343)暴風で倒壊となり、後に現在の西側の地に再建された。)明治34年国宝に指定され、現在は国の重要文化財である。正面の扁額は有栖川宮威仁親王(ありすがわのみやたけひとしんのう)の御染筆である。昭和20年(1945)の敦賀空襲では唯一その戦火を免れている。

他に、敦賀市指定文化財として、能面尉、猿田彦面、室町時代に描かれた氣比神宮古図(市立博物館寄託)、昭和11年(1936)当時陸軍関係者が武運を祈願して献木された敦賀市指定天然記念物ユーカリ樹がある。
慶長19年福井藩主結城秀康造営の国宝本殿(昭和20年焼失)は、屋根両流造の代表的建造物であった。その虹梁には、二つに割れた桃の実の中に陣羽織を身にまとった桃太郎が刻まれ童話の起源を物語る。桃山時代の貴重な作品として知られている。

大鳥居(重要文化財指定 日本三大鳥居)
大鳥居(重要文化財指定 日本三大鳥居)
能面(敦賀市指定文化財:室町時代
能面(敦賀市指定文化財:室町時代
猿田彦面(敦賀市指定文化財:室町時代)
猿田彦面(敦賀市指定文化財:室町時代)
国宝旧本殿(昭和20年焼失)行梁に刻まれた桃太郎像
国宝旧本殿(昭和20年焼失)
行梁に刻まれた桃太郎像
天然記念物ユーカリ
天然記念物ユーカリ


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